京王稲田堤です。JR稲田堤は尋ねません。歩いて5分ほどですが、京王線シニア全線パスなので。
実際に住んでいた場所を訪ねると思いは様々です。
当時は山を崩してできたUR(昔は住宅公団といったが)の新築物件と少々の建物しかなかった。
区割りはされているが原っぱだけであった。
最低限の生活インフラとして交番、郵便局、スーパーと(無くなってしまったが)太陽神戸銀行。
自転車の盗難は、交番が目の前にあったのとガッカリ感が強かったです。半年後に発見されたと連絡がありました。その間に新し自転車を購入していたので2台になって困りました。
今回、訪ねてみたら空き地などは「ほとんどない」。
川崎市のスポーツ施設までできている。
よみうりランドの裏手だったので夏にプールへ裏手から行ったりした。
様々な思い出が去来する。原っぱで凧揚げをしていた小学生は、今は、社会人!
30年間は変わってしまうには十分な月日でした。
撮影では、坂を登るのが大変でした。当時も大変でしたが...疲れました。